渡来人が伝えたものは何?なぜ来たのかや苗字や名前など解説!

「渡来人(とらいじん)」とは古代の大陸、主に中国や朝鮮半島から日本に渡ってきた人々のことをいいます。

3世紀から7世紀にかけて彼らは日本に移住して来ました。

当時の大陸は日本よりはるかに優れた文化や技術を持っていましたが、なぜわざわざ海を渡って日本にやって来たのか?その理由が気になりますよね。

また、渡来人が伝えたものや歴史上にみられる渡来人の特徴的な苗字や名前についても解説します!

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渡来人はなぜ日本へ来たのか?

画像URL:http://ktymtskz.my.coocan.jp/C/okura1.htm

当時の日本より優れた技術や文化を持っていた渡来人たちは、なぜ日本に来る必要があったのでしょうか。

現代でも朝鮮半島は北朝鮮と韓国に分かれていますが、当時は「高句麗(こうくり)」「百済(くだら)」「新羅(しらぎ)」「加羅(から)」という4つの国がありました。

この4つの国は互いに戦争を繰り返していて、渡来人は戦乱や迫害から逃れるために日本にやってきたと考えられています。

渡来人のほとんどは日本と交流があり、友好国だったといわれる百済の出身者でした。

渡来人は全員が一度に移住してきたわけではなく、数百年間にわたり4度の大きな波があったと考えられています。

【紀元前2世紀~紀元後3世紀】西日本各地で朝鮮系の土器が多数出土している

5世紀】大和朝廷が樹立された頃、朝鮮半島から多くの渡来人が来たことが知られている

5世紀後半から6世紀】当時の朝鮮半島南部の戦争では大和朝廷も関わっていて、戦地となった地域から有力者たちが集団で渡来している

7世紀後半】百済、高句麗が滅亡し、王族・貴族が渡来して大和政権の高官にもなっている。

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渡来人が伝えたものとは?

画像URL:https://www.ndl.go.jp/koyomi/chapter1/s1.html

当時の日本の技術と大陸の技術を比べると、まさに大人と子供ほどの違いがあります。

渡来人たちは現代にも残るさまざまなものをもたらして、日本の技術や文化の発展に大きく貢献しました。

製鉄

当時の日本では青銅器が主流でした。

渡来人たちは製鉄技術を日本に伝え、鉄製の丈夫な武器(よろい、弓、剣など)が作られるようになりました。

養蚕

「養蚕(ようさん)」はカイコから絹糸を作る技術のことで、現代の日本でも行われているものです。

カイコの育て方やまゆから絹の糸を作る方法まで、養蚕の技術は渡来人が伝えたものです。

須恵器

日本にも「縄文式土器」や「弥生式土器」などがありましたが、渡来人がもたらしたのが「須江器(すえき)」という焼き物の技術。

土器よりも硬く、丈夫なのが特徴です。

仏教

現代でも日本の代表的な信仰である仏教は渡来人がもたらしたものです。

仏教の思想だけでなく、寺院の建築技術も渡来人が伝えました。

儒教

仏教より早く伝わったのが「儒教(じゅきょう)」。

日本では宗教というより思想や学問として根付きました。

漢字

意外かもしれませんが古代の日本には文字はなく、情報はすべて口伝で伝わっていました。

5世紀に渡来した人々が漢字を伝えたといわれています。

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渡来人はどんな名前?

画像URL:https://cultural-experience.blogspot.com/2015/08/blog-post_1.html

さまざまな技術や文化を日本に伝えた渡来人は日本の歴史にも名を残しています。

代表的な渡来人の氏族(苗字)と、もたらした技術などを解説します。

秦氏(はたし)

45世紀頃に新羅から来た「夕月君(ゆづきのきみ)」を祖先とする氏族。3万~4万人を率いて九州に渡来したといわれ、「秦」の字から秦の始皇帝の子孫という説もあります。

秦氏は土木技術や農業技術に長けていたといわれ、土地の開墾を行いました。

養蚕や機織り、酒造、金工なども秦氏によってもたらされた技術です。

京都の「太秦(うずまさ)」はこの地に移り住んだ秦氏が由来の地名で、伏見稲荷大社や松尾大社など、現代に残る有名な神社も秦氏が建立しています。

東漢氏(やまとのあやうじ)

東漢氏は百済から渡来した「阿知使主(あちのおみ)」を祖先とする氏族。飛鳥を拠点として、大和朝廷のもとで文書の記録や外交、財政などを担当しました。

製鉄、機織り、土器(須恵器)の生産技術などは東漢氏がもたらしたものです。

西文氏(かわちのふみうじ)

西文氏は「王仁(わに)」を祖先とする氏族で、古事記・日本書記によると論語や千字文(せんじもん、子供に文字を教えるための1000文字からなる漢文の詩。日本の「いろは文字」のようなもの。)を伝えたとされています。

河内を拠点として、大和朝廷で文筆や出納などを担当していました。

読み方が難しく、一見すると名前っぽくないのが渡来人の苗字の特徴。

日本に移住してきた渡来人たちは日本になじんでいき、やがて特徴的な名前も使われなくなりましたが、日本史で名前を見かける人物にも渡来人の子孫が登場しています。

例えば、奈良時代の僧・行基(ぎょうき)も渡来人の子孫で、戦国武将の長宗我部氏や島津氏などは秦氏の子孫といわれています。

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まとめ

古代の日本にさまざまな技術をもたらした渡来人たち。

その多くは戦乱から逃れるため、古代の中国や朝鮮半島などユーラシア大陸から海を渡ってやってきました。

渡来人が伝えたものは漢字や仏教、養蚕など、現代にも残っているものばかり!王族や貴族階級出身者が多く、大和朝廷でも高官になるなど古代の日本社会でも重要なポジションについていました。

単一民族国家といわれる日本ですが、古代にはさまざまな国から移住してきた外国人がたくさんいて、古代の中国や朝鮮半島も日本人のルーツのひとつとなっています。

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